トルコ

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トルコの歴史

トルコ共和国は、アナトリア半島に位置し、オスマン帝国領から独立した国家です。

第1次世界大戦でオスマン帝国は敗北、領土は西欧列強に分割される中、トルコ人の独立を唱えるムスタファ・ケマル・アタテュルク(アタテュルクは「父なるトルコ人」の意)は、トルコ人の国土の保全を訴え、民族主義者らを結集し、1923年トルコ共和国の成立を宣言、翌年にはオスマン王家を追放します(トルコ革命)。

そして、初代大統領となったアタテュルクの元、政教分離・女性の政治参加などの近代化政策を押し進め、イスラーム世界における初の近代国家となりました。

第2次世界大戦後は西側諸国に属し、西ヨーロッパ諸国への接近を強め、ソ連の防波堤としての役割を担いました。

近年は、欧州連合への加盟を目指しています。

トルコ革命以来、西洋化に邁進してきたトルコにとって欧州連合への加盟は悲願であり、現在加盟申請を行っていますが、クルド人問題、キプロス問題、ヨーロッパ諸国の反イスラム感情など多くの問題が山積しており、欧州連合への加盟のめどは立っていません。

トルコの文化

トルコは文明の発祥地と言われるほど歴史ある国で、建築や芸術、音楽やスポーツなど、指定なしの多彩なジャンルで独自の文化が発展しています。

トルコはイスラム教徒の国で、国民のほとんどがイスラム教徒です。

しかし政治は政教分離を掲げており、厳格なイスラム教を掲げる国よりもオープンな気質であり、観光客も大勢受け入れています。

しかしリゾート地以外の場所では、女性の服装に露出が多くならないよう気を付けましょう。

リゾート地においては、ショートパンツなどの手足を露出する服装が許容される場合もありますが、地方では非難の目で見られる事も珍しくありません。

他には、主要な観光地以外の写真撮影は禁止の場所もあり、空港や軍事施設、鉄道や橋などは指定なしで撮影禁止となっています。

トルコでは建物内での喫煙が禁止されていて、ホテルのロビーやレストラン、公共施設の屋内や交通機関等の場所はほとんどが全面禁煙です。

煙草を吸う時は喫煙可能な場所でないと罰金を取られる可能性があります。

トルコの生活

トルコの生活習慣は日本に似ているとされています。まず、靴が挙げられます。

海外では土足で生活することが一般的とも言えますが、日本においては靴を脱いで室内に入ります。

世界的な観点からすると日本の例が珍しいとされるものの、トルコも同じく靴を脱いで室内に入ります。

それだけではなく様々な面で日本と生活習慣が似ている部分が存在します。

上述したようにトルコも日本と同じく靴を脱いで生活するのですが、唯一日本と異なるのは下駄箱が存在しないということです。

そのため、ドアの外に靴を置いている家庭もあればドアの内側に置いている家庭もあり指定なしという状況です。

そして、現代こそ全ての家庭で洋式のテーブルが利用されていますがかつては日本で使用されているようなちゃぶ台を利用している家庭も多くありました。

日本人のように正座はしないものの、地べたに座りクロスをかけてちゃぶ台を囲んで食事する姿は日本人に似ています。

このようにトルコの生活は慣習や歴史の視点で指定なしの生活なのです。

日本とトルコの関係

日本とトルコの関係を語る上では欠かす事のできない出来事があります。

それは、トルコのエルトゥールル号という船についてです。この船をきっかけに日本とトルコの関係が特別なものになります。

1890年9月16日に和歌山県の南端に存在する大島に台風が上陸しました。トルコ皇帝を乗せた船が台風の被害に遭ってしまい、遭難してしまいます。

この出来事により518名が亡くなってしまったものの残りの69名は地元の方々の救護により命が助かりました。

救護した方々は、台風の影響で漁に出ることができずに自分たちの食べるものすら危うい状況であったのにも関わらず、いざという時の非常食までトルコ人に提供したのです。

さらに、亡くなってしまった方の遺体を丁寧に葬りました。

この話がトルコに伝わってからというもの、日本とトルコの関係は特別なものになり指定なしに肩を寄せ合う関係性を持つようになったのです。

こうした事は現在にも伝承されています。

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